前回の記事では、戦後の国産小銃開発に関する秀逸な文献をいくつか紹介し、64/89式小銃の開発史について述べた。私も、調査と執筆を通して、新たな事実を多く発見することができた。今回は、前回の予告通り、待望の「ポスト89式」について考えたい。89式小銃の後継者となる自衛隊の第3世代小銃は、一体どのようなライフルになるのだろうか?
目次
情報開示された自衛隊の国産試験用小火器
昨年12月、Twitterユーザーの大火力太郎さんが上の画像を公開し、今年3月には「大明神」の許可を得て、この画像の出処である陸上自衛隊仕様書(GRD-Y000628)を公開してくださった。この仕様書は、「陸上自衛隊において使用する小火器(試験用)について規定する」ものであり、防衛省陸上幕僚監部の開発官によって2014年9月11日付で作成された。
これが自衛隊の次世代小銃であると決定したわけではないが、上の画像に描かれているものは、自衛隊の次世代小銃になり得る国産小銃のプロトタイプであるかもしれない。これほど重大な情報を共有してくださった大火力太郎さんには、心からお礼を申し上げたい。
描かれた二つのライフルは同一のものではない(図は同じであるが)。非常に興味深いことに、この試験用小火器には、5.56mm仕様と7.62mm仕様の二種類が存在するのである。その仕様/構造を見ても、これはもはや「日本製SCAR」であると言わざるを得ない。下のFN SCAR-L/Hの写真と比べてみて欲しい。確かに防衛省(陸自開発実験団)は、SCAR-L/HやHK416/417などの外国製最新小銃を参考用として調達/保有しているが、その結果開発された新型国産小銃がここまでFN SCARと似ているとは思いの外だった。
なお、小林春彦(2015)「『如何に戦うか』要求性能案作成から試験評価まで 豊富な人材を有する陸自唯一の研究・試験専門部隊『開発実験団』の新たな挑戦!」,『軍事研究』2015年3月号, pp.28-41, ジャパン・ミリタリー・レビュー.の31ページには、開発実験団の保有する外国製小銃が並んでいる写真が掲載されている。
「ポスト89式」を巡るこれまでの議論
早速、国産試験用小火器の仕様書を読み解いていきたいところであるが、それは後編に回すとして、前編となる本稿では、「ポスト89式」を巡るこれまでの議論について確認することから始めたいと思う。なぜなら、89式小銃の登場から試験用小火器の登場までの歴史的間隔を補完することは、試験用小火器の開発背景を推察する上で必要だからである。
自衛隊の新小銃については、かねてから様々な噂や想像が飛び交っていた。その内容は、①89式小銃を改修したもの、②外国製小銃を輸入/ライセンス生産したもの、③外国製小銃を基に国内で新規設計したもの、という3種類に分類することができると私は考える。それぞれの説について考察してみよう。
①89式小銃を改修したもの
この説は、10年ほど前から防衛省技術研究本部(現在の防衛装備庁)が研究している先進個人装備システム(ACIES)の一環として、89式小銃をベースに開発された「先進軽量化小銃」に期待したものだろう。
ACIESは、2007年の防衛技術シンポジウムにおいて「ガンダムの実現に向け」た計画として発表されたことで、大きな話題になった。その本質的なコンセプトは、フランス陸軍のFÉLIN(フェラン)計画や、アメリカ陸軍のランド・ウォーリアー計画などと類似している。
ACIESは、秋葉原で調達した民生品で構成されたプロトタイプ(第1世代)に始まり、これまでに第3世代まで開発されている。しかし、2012年に第3世代が発表されて以来、現在までACIESに関する新たな情報は入っていない。なお、技術研究本部(防衛装備庁)は、2015年より高機動パワードスーツの研究開発にも着手している。
上で紹介した試験用小火器の存在が明らかになるまで、先進軽量化小銃は、最も実現可能性の高い有力な「ポスト89式」案であると考えられていた。なぜなら、先進軽量化小銃は単にACIESを構成するパーツとして開発されただけではなく、現代欧米の銃器設計を強く意識した改良を多く取り入れていたからである。そのため、先進軽量化小銃は「モダナイズド89式」であると言うこともできる。
先進軽量化小銃の研究開発から得られたノウハウは、試験用小火器の開発にも活かされているはずである。先進軽量化小銃の特徴と、進化の過程を見ていこう。
第1世代 先進軽量化小銃(2007年)
(参考: 89式小銃のバレル長は約16.5インチである。)
- バレルとハンドガードを短縮(目測で約10.5インチバレル)
- バイポッドとベヨネットラグを廃止
- レシーバーの上面にピカティニーレールを装備
- 固定式リアサイトを廃止
- チューブ型ダットサイト(東京マルイ製プロサイト)を装着
- M4カービン風の伸縮式ストックを装備
- 固定/折畳式ストックを廃止
- 東京マルイ製電動エアソフトガンの改造品
- 東京マルイとASGKの刻印がある
第2世代 先進軽量化小銃(2008~2011年)
- バレルを短縮(目測で約9.5インチバレル)
- マズルデバイスの先端形状を4叉に変更
- レシーバーにACIESの電子化照準具(昼夜間兼用)を装着
- ダストカバーを廃止
- ハンドガードの上下左右面にピカティニーレールを装備
- 固定式フロントサイトを廃止
- ACIESの入力装置(フォアグリップ)を装着
- 89式小銃のものより小型の固定式ストックを装備
- セレクターを更新
- 3点バースト機能を廃止
- 「アタレ」表示をピクトグラムに変更
- レバー操作角を270度(ア-レ-3-タ)から90度(ア-タ-レ)に変更
- 片側セレクター仕様とアンビセレクター仕様が存在(2009年)
- ポリマー製で20連装と見られるワッフルマガジンを装着(2009/2011年)
- 東京マルイ製電動エアソフトガンではない?
- 東京マルイとASGKの刻印がない
- ボルトがホールドオープンした状態で展示(2010年)
第3世代 先進軽量化小銃(2012年)
- バレルを延長(目測で約15.5インチバレル)
- フルーテッドバレルを装備
- ベヨネットラグを復元
- マズルデバイスを89式小銃のものに復元
- ダストカバーを復元
- レールハンドガードのデザインを更新
- ACIESの電子化照準具と入力装置のデザインを更新
- シュアファイア社製M952V IRウェポンライトを装着
- ブッシュマスター/レミントンACRの伸縮折畳式ストックを装備
- セレクターを更新
- 「アタレ」表示を復元
- レバー操作角を90度(ア-タ-レ)から180度(ア-タ-レ)に変更
- アンビセレクターを標準化
- 東京マルイ製電動エアソフトガンの改造品
- 東京マルイとASGKの刻印がある
- グリップとマガジンの底部をオレンジ色に塗装
ちなみに、2012年の防衛技術シンポジウムで行われた第3世代ACIESのデモンストレーションでは、ギリースーツに身を包んだ仮想敵役の隊員が、マグプルPTSのMASADA AKM(電動エアソフトガン)を使用していた。先進軽量化小銃に装備されたACRのストックは、マグプルPTSと何か関係があるのだろうか?
AASAM 2016で使用された89式小銃
今年のオーストラリア陸軍主催国際射撃競技会(AASAM)に参加した陸自隊員は、現在一般に配備されているものとは異なる特殊な89式小銃を使用していた。
通常の89式はセレクターの切り替え順序が「ア-レ-3-タ」であるのに対し、AASAM 2016で使用された89式は「ア-タ-3-レ」に改められ、セーフ状態からセミオートへ素早く切り替えることができるようになっている。アッパーレシーバーには従来のセレクター刻印が残っているため、ロウワーレシーバーを特殊仕様品に交換したものと考えられる。
ちなみに、搭載されているスコープはライト光機製作所 / OTS製のCQBコンバットスコープ(1-6x24mm)と見られる。また、上の写真には写っていないが、取り外されたバイポッドの代わりに追加のスリングループが装着されている。
AASAM 2015のハンドブック [PDF] では、「非公認の添加または改変が施されていない官給サービスライフルのみ使用可能」と規定されている(p.62)。そのため、これらの特殊仕様は公式に認可されたものであると言えるだろう。しかし、競技会のためにその場限りの特殊仕様を認可することは、「前線部隊で現在使用されている標準官給銃器を用いた(中略)射撃競技を促進する」というAASAMの趣旨(p.62)に鑑みて、決して望ましいとは言えないと私は思う。
②外国製小銃を輸入/ライセンス生産したもの
2008年に報道された飯柴智亮氏のホロサイト不正輸出事件によって、陸上自衛隊特殊作戦群(SFGp)がM4カービンを調達していた事実が明るみに出た。陸自唯一の特殊部隊である特殊作戦群が外国製小銃を使用しているという知らせは、事件の要旨と同じくらい私たちを驚かせた。なぜなら、国産小銃に代わって外国製小銃を使用することは、国産小銃では要求を満たせない(目標を達成する上で瑕疵がある)ということを意味し得るからである。
「一般部隊は国産小銃、特殊部隊は輸入小銃」という状態は、イギリス軍にも見ることができる(L85A2とL119A1)。日本とイギリスは、主力小銃を国産とすることに強いこだわりを持っているように思えるが、そのこだわりが裏目に出てしまったのだろうか?
日本が調達した外国製小銃について、より詳しく見ていこう。小火器史研究者のダニエル・ワターズ氏が編纂した長大な年譜「A 5.56 X 45mm “Timeline”」によると、日本はアメリカの対外有償軍事援助(FMS)を通じて、2006~2008年にかけて、次に挙げる物品を調達したという(角括弧内は契約金額を示す)。
- 2006年
- ナイツ・アーマメント社製QDSS-NT4サプレッサー48個 [$39,984]
- 2007年
- ナイツ・アーマメント社製QDSS-NT4サプレッサー5個、同社製M203グレネードランチャー用リーフサイト5個 [$5,010]
- コルト社製M4A1カービン最大95挺(95挺をイエメン向けFMSと分割)
- エアトロニックUSA社製M203A2グレネードランチャー53挺 [$49,466.49]
- 2008年
- コルト社製M4A1カービン最大674挺(674挺をコロンビア/インド向けFMSと分割)
- ナイツ・アーマメント社製QDSS-NT4サプレッサー41個、同社製M203グレネードランチャー用クアドラントサイト41個 [$52,562]
- エアトロニックUSA社製M203A2グレネードランチャー最大55挺(55挺を米空軍向け納入/パナマ向けFMSと分割)
このように、日本はM4A1カービンとその周辺機器を数多く調達しているが、それらの運用状況については現時点では何も明らかになっていない。特殊作戦群に配備されていると考えられる外国製小銃が、もう一つある。
それが、「特殊小銃」または「特殊小銃(B)」として陸自補給統制本部の2010年度公募予定品目と陸上自衛隊仕様書(GW-Y120012B)に記載された、独ヘッケラー&コッホ社製ライフルである。HK416ではないかという噂が一般に信じられているが、メーカー以外は未だ一切不明である。
一方、海上自衛隊の2008年度調達予定品目には研究評価用としてHK416用フランジブル弾を購入する旨の記述があり、2009年度調達予定品目ではHK416の固定用金具が挙げられている。その後、海自の特殊部隊である特別警備隊(SBU)がHK416を使用していることが確認された。
ちなみに、フランジブル弾とは粉末状の金属を押し固めて成形された弾のことであり、当たると細かく砕けることで、跳弾や貫通などの意図しない危害を防止することができる特徴を持つ。米海軍は、5.56mmのフランジブル弾をMk 255 Mod 0 RRLP弾(ホワイトチップ弾)として採用している。フランジブル弾は近接戦闘(CQB)や船舶臨検(VBSS)などにおいて有効であるため、海自SBUや米海軍にとってフランジブル弾の意義は非常に大きい。
話を戻してまとめると、陸自SFGpはM4A1と「特殊小銃」を、海自SBUはHK416を使用していると言える。ここで問題となるのは、これらの特殊部隊が現在使用している外国製小銃が、輸入品またはライセンス生産品として(89式小銃の後継者として)一般部隊にも配備される可能性があるかどうかということである。「日本製SCAR」の存在が明らかになった今、外国製小銃の正式配備はやはり望み薄であろうか?
しかし、現在自衛隊に配備されている小火器は、ほとんどが外国製銃器のライセンス生産品/輸入品である。例えば、ミネベア製の9mm拳銃は、スイス/ドイツ製SIG P220のライセンス生産品である。住友重機械工業製の5.56mm機関銃MINIMIは、ベルギー製FN MINIMIのライセンス生産品である。対人狙撃銃は、アメリカ製M24 SWS(レミントン700)をFMSで輸入調達したものである。更に、前回の記事でも述べた通り、豊和工業はかつてアーマライトAR-18 / AR-180をライセンス生産していた。これらの事実に鑑みれば、将来的に自衛隊の主力小銃が外国製となる可能性も皆無ではない。
③外国製小銃を基に国内で新規設計したもの
防衛省がSCAR-L/HやHK416/417などを参考用として調達した事実と、国産試験用小火器の存在が明らかになるまで、「外国製小銃を基に国内で新規設計したもの」という説についてはほとんど何の手掛かりも無かった。そのためこの説は、ここで紹介している3つの中では、最も新しいものであると言える。しかし「日本製SCAR」の存在が確認された今、その実現可能性は高い。
私が外国製最新小銃の調達と国産試験用小火器の存在について知ったのは、昨年6月のことだった。防衛省装備施設本部(現在の防衛装備庁)が発表した2014年度随意契約情報 [XLS] から、次に挙げる物品を調達するための契約が結ばれていたことが判明したのである(角括弧内は契約金額を示す)。
- 2015年1月
- 小火器(試験用)(M型): 3挺 [5,853,600円]
- 2015年2月
- 小火器(試験用)(S型, 516): 8挺 [12,798,000円]
- 小火器(試験用)(S型, 716): 7挺 [11,394,000円]
- 試験用小火器(国産): 1式 [98,425,800円]
- 2015年3月
- 小火器(試験用)(G型, V): 5挺 [2,311,200円]
- 小火器(試験用)(HK型): 5挺 [6,858,000円]
- 小火器(試験用)(SC型, H): 5挺 [5,508,000円]
- 小火器(試験用)(SC型, L): 5挺 [4,398,840円]
「S型, 516」「S型, 716」はSIG516/716、「G型, V」はHK G36V、「SC型, H」「SC型, L」はSCAR-H/Lであると推察することができる一方、「M型」と「HK型」については不確かである(HK型はHK416/417のどちらかであろうが)。また、約1億円を掛けて豊和工業との間で締結された国産試験用小火器の調達契約に関しては、次のような説明が述べられている。
本品は、陸上自衛隊で使用している89式5.56mm小銃の後継銃を開発するための参考器材として使用する試験用小火器である。業態調査の実施時点において、当該製造に必要な技術及び設備を有し、かつ、武器等製造法に基づく製造の許可を受けているのは、豊和工業(株)のみである。
上記の結果、当該製造の履行能力を有している豊和工業(株)と随意契約をするものである。
防衛省はこれらの他にも多くの外国製小銃を保有しているが、私はそれらの中に見られる一つの種類に着目した。それは、アーマライトAR-18の血筋を受け継いだライフルである。
そもそも、64式小銃と89式小銃も「外国製小銃を基に国内で新規設計したもの」である。その開発史については前回の記事で概説したが、64式はスペインのCETMEライフルに、89式はアーマライトAR-18に強い影響を受けて開発されたものであると言える。特にAR-18について、豊和工業には1965年から1977年まで10年以上に渡って研究を続けてきた実績がある。それならば、次世代小銃の開発にもそのノウハウを注ぎ込むのが合理的ではないだろうか?
AR-15を代替することを目指して開発されるも結局どの軍隊にも採用されなかったAR-18は、幸いにも、その後の小火器開発に大きな影響を与えたライフルである。小火器研究者のクリストファー・バルトッチ氏は、AR-18のボルト機構を踏襲した現代のライフルとして、HK XM8とG36、英国のSA80、FN SCAR、マグプルMasada / ブッシュマスターACR、そしてシンガポールのSAR-80/88を列挙している。もちろん、89式小銃もこれに含まれるべきだろう。これら「AR-18系ライフル」の中に今回豊和工業が参考にしたであろうFN SCARがある点に、私は注目したのである。
前編のまとめ
長年AR-18を研究してきた豊和工業がFN SCARに類似したライフルを開発したことは、AR-18とFN SCARの機構上の共通点を思えば、とても筋が通っていると言える。しかし、5.56mm仕様と7.62mm仕様の二種類を用意した意図は一体何なのだろうか?
後編は、国産試験用小火器の仕様書を読み解くことから始める。そしてモジュラーライフル採用のモデルケースとして、米軍特殊部隊によるFN SCARの運用について述べる。そこから更に、豊和工業の国産モジュラーライフルについて考えを深めていきたい。