「陸上自衛隊で使用している89式5.56mm小銃の後継銃を開発するための参考器材」である試験用小火器に関する陸自仕様書が公開されたのは、今年3月のことだった。その内容に衝撃を受けた私が自衛隊の次期主力小銃開発について記事を書こうと思ったのは、その頃であった。しかし結局、この記事がこうして発表されたのは、それから半年近くも後のことになってしまった。今更だと思われる読者もいるかもしれないが、どうか最後までお付き合い願いたい。
前編では、豊和工業の新型国産小銃である試験用小火器は、ベルギー/アメリカのFN SCARに強い影響を受けて開発されたものであるということに加え、「豊和工業とAR-18の関係」および「AR-18とFN SCARの関係」を考慮すれば、その類似は合理的であるということを主張した。また、89式小銃を基に試作された先進軽量化小銃や、自衛隊特殊部隊が使用する輸入小銃などを紹介することで、89式登場後の自衛隊小銃史を整理した。後編となる本稿では、第一に、仕様書の内容に立ち返って試験用小火器の各部仕様について特徴を述べる。そして第二に、モジュラーライフル運用のモデルケースとして、米軍特殊作戦部隊(SOF)によるFN SCARの運用法を紹介し、自衛隊における次世代型小銃の運用について考えるための礎とする。
試験用小火器の仕様書を読み解く
※本稿において「仕様書」とは、防衛省陸上幕僚監部の開発官が2014年9月11日付で作成し、「陸上自衛隊において使用する小火器(試験用)について規定」した、陸上自衛隊仕様書GRD-Y000628をいうものとする。
試験用小火器の「構成」と「構造」
さて、本題に入る前に、試験用小火器の「構成」と「構造」について確認しておきたい。これらは日常的には意味が似ている言葉であるが、仕様書の中では意味を区別して使われている点に注意しなければならない。端的に言えば、「構成」が上位語で、「構造」が下位語である。具体的には、「構成」とは包括的な観点から契約上の組成を述べたもので、「構造」とは個別的な観点から機能上の組成を述べたものである。次に挙げるのは、試験用小火器の「構成」と「構造」について、仕様書の内容に基づいて、私がそれぞれ体系的に整理したものである。
構成
※角括弧内は数量を示す。
- I. 小火器(試験用)[1式]
- A. 小火器(試験用), 5.56mm [8丁]
- B. 小火器(試験用), 7.62mm [8丁]
- C. 照準眼鏡, 5.56mm用(I型)~(III型)[各2]
- D. 照準眼鏡, 7.62mm用(I型)~(III型)[各2]
- E. 附属品 [1式]
- 1. 照星・照門(小火器(試験用), 5.56mm用)[3]
- 2. 照星・照門(小火器(試験用), 7.62mm用)[3]
- 3. 照準具JVS-V1用アタッチメント [3]
- 4. 空包発射補助具(小火器(試験用), 5.56mm用)[3]
- 5. 空包発射補助具(小火器(試験用), 7.62mm用)[3]
- 6. 薬きょう受け(小火器(試験用), 5.56mm用)[8]
- 7. 薬きょう受け(小火器(試験用), 7.62mm用)[8]
- 8. 戦闘ライト [3]
- 9. 89式小銃用照準補助具用アタッチメント [3]
- 10. 空挺用銃携行袋(小火器(試験用), 5.56mm用)[3]
- 11. 空挺用銃携帯袋(小火器(試験用), 7.62mm用)[3]
- F. 工具 [1式]
- 1. 手入れ具(小火器(試験用), 5.56mm用)[8式]
- 2. 手入れ具(小火器(試験用), 7.62mm用)[8式]
- 3. 整備工具(小火器(試験用), 5.56mm用)[1式]
- 4. 整備工具(小火器(試験用), 7.62mm用)[1式]
構造
- I. 小火器(試験用)
- A. 銃本体
- 1. 銃身尾筒部
- a. 銃身
- b. ガス筒部
- c. ピストン部
- d. 規整子
- e. 槓桿
- f. 尾筒部
- 2. 機関部
- a. スライド
- b. 遊底部
- c. 復座ばね軸部
- 3. 引金室部
- a. 引金室
- b. 握把
- c. 切換レバー
- d. 弾倉止め
- e. スライド止め
- 4. 撃発機構部
- a. 引金、逆こう、撃鉄などの部品
- b. 部品を収納する引金枠
- 5. 銃床部
- a. 銃床
- b. 床尾板
- 1. 銃身尾筒部
- B. 二脚
- C. 負いひも
- D. 前方握把
- E. 弾倉
- F. 銃剣
- A. 銃本体
- II. 照準眼鏡
既にいくつか興味深い発見があるかもしれないが、本稿で主として扱うのは、「構造」に含まれた「小火器(試験用)」の「銃本体」についてである。銃本体は、五つの部から成り立ち、「特別な工具を使用せず各部に分解及び結合できる構造」になっている。また、「5.56mmと7.62mmの銃本体は、努めて部品の共通化を図れる構造とする」ことが求められている。各部を図示すると次のようになる(各部の形状は仕様書に基づく)。
くどいようであるが、各部の形状(分解時の様相)はFN SCARのそれとよく似ている。参考として、FN SCAR-L(米国名SCAR 16)の米国市場向けセミオート限定仕様であるSCAR 16Sの分解動画を次に紹介する。特に、機関部(ボルトキャリアグループ)の形状が類似している点に注目して欲しい。
もちろん、試験用小火器はFN SCARの単なるコピー品ではない。試験用小火器には、SCARがもっていない特徴もあるのである。そのような違いにも着目しながら、試験用小火器の各部仕様を詳しく見ていこう。
(1) 銃身尾筒部(バレル・アセンブリー + レシーバー)
※斜体字は仕様書からの引用を示す。
・銃身は、付属品等の装着による外力が極力加わらない構造とする。
→現代欧米の小銃設計では標準的になったバレルのフリーフローティング化には、命中精度を最大限に発揮させる効果がある。本来のフリーフローティング・バレルとは、その基部以外は何物にも接触していないバレルのことである。しかし、ガス圧作動方式を採用した自動小銃では、燃焼ガスを導くために必要となるガスブロックをバレルに固定するため、バレルの完全フリーフローティング化は実現できない。そのため、現代の自動小銃に多く取り入れられているのは、むしろハンドガードのフリーフローティング化である。ハンドガードは、バレルの発熱から使用者の手を保護するという第一の役割に加えて、光学機器やフォアグリップなどのアクセサリーを装着するための基盤という第二の役割を果たすようになった。その結果として、追加されたアクセサリーの重量やフォアグリップに加わる力などが命中精度に影響を及ぼさないように、ハンドガードの基部のみをレシーバーに固定させたり、ハンドガードをレシーバーと一体化(モノリシック化)させたりする工夫が施されている。試験用小火器は、FN SCARと同様に、モノリシック・レシーバーを採用していると考えられる。
・尾筒部の上面、下面及び両側面にMIL-STD-1913に準拠したレールを有する構造とする。
→先進軽量化小銃でも採用された、ピカティニー規格対応のクアッドレール。つい先に述べた通り、光学機器やフォアグリップなどのアクセサリーを装着するための基盤となる。かつて、89式小銃にフォアグリップを装着して運用したところ、ハンドガードが破損してしまったという有名な裏話があった。この事件の影響で89式へのフォアグリップ装着が禁止されたことを思えば、試験用小火器の「構造」に前方握把が含まれていることは注目に値する。なお、件の破損事故との関連性は不明であるが、豊和工業は2006年に、衝撃力を吸収する前方握把の部材に関する特許を出願している(2012年に特許取得)。
・槓桿は銃の左右から操作できる構造とする。
→チャージングハンドルのアンビデクストラス化。FN SCARのチャージングハンドルは、左右どちらかを選んで取り付ける方式であるため、常に左右から操作できるものではない。自動小銃のチャージングハンドルには、発射時にボルトの前後動に合わせて動く「往復式」と、ボルトに連動しない「非往復式」の2種類が存在する。FN SCARのチャージングハンドルはボルトキャリアに直接取り付けられた往復式であり、試験用小火器もこれを踏襲するものと考えられる。往復式槓桿は、直感的な操作でボルトの閉鎖不良を解決することができる(ボルトフォワードアシストの役割を果たす)という点において、非往復式槓桿よりも優れている。例えば、非往復式槓桿をもつAR-15の場合、ボルトの閉鎖不良が発生しても槓桿の操作だけでは解決できないため、別の機構としてフォワードアシストが設けられているのである。
しかし、FN SCARの往復式槓桿には二つの問題があることが指摘されている ((Kinetic Development Group, LLC (n.d.) “Scarging Handle – SCAR Ambi Charging Handle“))。一つは、マグウェルを持つ構え方で射撃した場合に、高速度で後退する槓桿が親指に衝突する問題である。これは「SCAR thumb」と通称される問題であり、使用者の負傷だけではなく、銃の排莢不良にも繋がりかねない。もう一つは、槓桿を操作する際、上面レールに装着されて横方向にはみ出ている光学機器やそのマウントが障害となる問題である。槓桿を操作する手を光学機器のマウントで傷つけた事例も、これまでに多数報告されている。
一方、ブッシュマスター/レミントンACRの槓桿は非往復式であるが、槓桿が最前位置にあるときのみボルトキャリアとの連結を解除するという特殊な仕組みを採用している。そのため、射撃に伴って槓桿が前後動することがないにも関わらず、ボルトの閉鎖不良が発生した場合は、槓桿を一度引いてボルトキャリアと連結させてから槓桿を押し戻すことでフォワードアシストとして用いることができる。往復式槓桿と非往復式槓桿を折衷した素晴らしい設計である。ACRを設計したマグプル・インダストリーズ社は2011年に、自動連結型非往復式槓桿の特許を出願している(2012年に特許取得)。
・規整子の操作により、ガス筒に流入するガス量を調整できるものとする。
→アジャスタブル・ガスレギュレーター。64式小銃では常装弾・減装弾・空包を使い分けるために装備され、89式小銃にも受け継がれたが、試験用小火器ではサイレンサーの装着も想定している可能性がある。ガス圧作動方式の自動小銃にサイレンサーを装着すると、流入するガス量の変化によって連射速度が上昇するため、ガス量を調整することでこれを防ぐのである。なお、防衛庁技術研究本部と豊和工業は1993年に、小火器用サイレンサーの特許を出願している(1998年に特許取得)。
・銃身長、銃身肉厚又は材質の異なる3種類の銃身尾筒部から選択可能なものとする。なお、それぞれの銃身尾筒部の名称は、銃身尾筒部(I型)~銃身尾筒部(III型)とする。
→要求に応じてレシーバーごとバレルを交換できるモジュラーライフルである。FN SCARと同様に、標準仕様・近接戦闘用(CQBR)・精密射撃/火力支援用(SPR)の3種類が用意されると思われる。特に近接戦闘用の銃身尾筒部については、次の3点(対テロ戦や対ゲリラ戦において近接戦闘が重要な地位を占めること、89式小銃の長い銃身が近接戦闘に不向きであること、先進軽量化小銃では銃身の短縮化が研究されたこと)を踏まえれば、導入が計画されている可能性が高いと考えられる。バレルの長さ・肉厚・材質は、確認試験の結果をもって決定される。確認試験においては、下面と両側面のレールを省略した7種類の確認試験用銃身尾筒部、すなわち銃身尾筒部(確認試験用)(I型)~(VII型)が用いられる。
(2) 機関部(ボルトキャリアグループ + リコイルスプリング)
機関部について、機能上の仕様は定められていない。構造上の仕様も、「スライド、遊底部及び復座ばね軸部からなる」ということだけである。ボルトは、AR-18の設計を受け継いだロータリーボルト方式でマイクロ・ロッキングラグを有すると考えられるが、89式小銃でも同様のボルトが使用されているため、5.56mm版試験用小火器では89式のボルトが流用できる(互換性がある)可能性がある。
(3) 引金室部(トリガーハウジング)
・切換レバーの操作により、”安全”、”単発射撃”及び”連発射撃”を切換えることができるものとする。
→標準仕様の89式小銃は「ア-レ-3-タ」セレクター(操作角270度)を採用しているが、前編で紹介したAASAM 2016仕様の89式は「ア-タ-3-レ」セレクター(操作角270度)、第2世代ACIESの先進軽量化小銃は「ア-タ-レ」セレクター(操作角90度)、第3世代ACIESの先進軽量化小銃は「ア-タ-レ」セレクター(操作角180度)であった。試験用小火器のセレクター操作角は不明である。
・握把を握ったまま、切換レバー及び弾倉止めを操作できるものとする。
→64式小銃のセレクターは引き上げてストッパーを外してから回す方式で、マガジンリリースは片手での操作が不可能なレバー式であった。89式小銃はマガジンリリースがボタン式になり、セレクターのストッパーも廃止されたが、セレクターの操作角が大きくなったため素早い操作には熟練を要する。先進軽量化小銃では、先述の通り、操作角が小さくて比較的容易に操作できるセレクターが研究開発された。また、7.62mm仕様でもボタン式マガジンリリースを用いるものと見られる。
・銃の左右から切換レバー、弾倉止め及びスライド止めが操作できるものとする。
→セレクターレバー、マガジンリリース、ボルトリリースのアンビデクストラス化。アンビセレクターは、改修を受けた89式小銃や先進軽量化小銃にも装備されているが、64式と89式の設計においてセレクターの誤操作防止が徹底されたことを思えば、これは驚くべき方針転換である。(ところで、89式小銃のボタン式マガジンリリースは囲いのない平面に突出しているが、誤操作の恐れはないのだろうか。)現代欧米の小銃設計では操作部品のアンビ化が一般的になりつつあるが、「操作がしやすい部品は誤操作もしやすい」という鉄則を忘れてはいけない。なお、FN SCARはアンビセレクターとアンビマガジンリリースを有しているが、アンビボルトリリースは備えられていない。
余談だが、以前どこかで「89式小銃のボルトリリース機能は使いものにならない」という言説を耳にした。この件についてTwitterで疑問を呈したところ、親切な方々が興味深いことをいくつか教えてくださった。そもそも、私は89式のスライド止めとAR-15のボルトキャッチを同一視していたのだが、この先入観が間違っていたようだ。89式もAR-15も、弾を撃ち尽くすとマガジンのフォロワーがスライド止め/ボルトキャッチを押し上げることで、後退したボルトキャリアの前進を阻む(ホールドオープン)。ここまでは同じ機能であるが、ボルトリリースの方法に違いがある。AR-15の場合、テコのように動くボルトキャッチを「押し込む」ことでボルトをリリースする。一方89式の場合、スライド止めを「引き下げる」ことでボルトリリースが可能であるが、この引き下げる操作が極めて難しい(硬くて指が滑る)というのである。そのため89式では、槓桿を引いてスライド止めを解除することでボルトをリリースする方法(スリングショット)が用いられているそうだ。89式のスライド止めが外部に露出しているのは、ボルトをリリースするためではなく、ボルトを手動でロックするためなのかもしれない。
(4) 撃発機構部(トリガーパック)
・努めて、機械的に3発制限点射を行える機構を有する構造とする。
→先進軽量化小銃で廃止された3点バースト機能が、試験用小火器では復活する可能性がある。89式小銃の撃発機構は、トリガーやハンマーなどを金属枠でまとめたトリガーパック方式(ドロップイン・トリガー)を採用しているが、この方式は試験用小火器にも受け継がれることになった。AR-15用カスタムパーツとして存在するドロップイン・トリガーはロウワーレシーバーにピンを通して固定する不完全なトリガーパックである一方、89式小銃のそれは引金室部にピンを通さない(引金室部にピン挿入孔がない)完全なトリガーパックである。完全トリガーパック方式の利点は、整備性に優れる点と、容易に交換できる点である。(完全トリガーパック方式についてはHK G3/MP5の例が有名である。)
更に89式の撃発機構では、3点バースト機能が、トリガーパックから独立した別のパックに収められているそうだ ((津野瀬光男 (1994) 『小火器読本: 黎明期の火砲から89式小銃まで』 かや書房, pp.180-183))。そのため、バースト機構が故障したとしても、パックごとそれを取り外して射撃を続けることが可能であるという。3点バースト機能の必要性に関する議論はここでは行わないが、試験用小火器にバースト機構を搭載するのであれば、独立したパックに収めることが機構簡略化と使用者保全の観点から望ましい。
・引金けん引力の異なる2種類の撃発機構部から選択可能なものとする。なお、名称は、撃発機構部(I型)及び撃発機構部(II型)とする。
→トリガープルの異なる2つの撃発機構部が用意される。トリガープルは、撃発機構部(I型)が36~42N(約3.7~4.3kg)、撃発機構部(II型)が27~33N(約2.8~3.4kg)である。ちなみに、米軍のM16A2ライフルおよびM4カービンは5.5~9.5 lbs(約2.5~4.3kg)、M4A1カービンは5.5~8.5 lbs(約2.5~3.9kg)である ((Departments of the Army and Air Force (1997) “Technical Manual: Unit and Direct Support Maintenance Manual” [TM 9-1005-319-23&P] p.27))。試験用小火器の撃発機構部は「特別な工具を使用せず」引金室部から取り外して交換することができるが、これは完全トリガーパック方式の恵沢である。
さて、2種類の撃発機構部が求められる理由を考えてみよう。私は先程、銃身尾筒部について、標準仕様・近接戦闘用・精密射撃/火力支援用の3種類が用意されるだろうと予想を立てた。この推定に基づいて言うならば、撃発機構部(I型)よりもトリガープルが軽い撃発機構部(II型)は、精密射撃/火力支援用の銃身尾筒部と併用される可能性がある。なぜなら、繊細な指の動きが求められる狙撃銃では、可能な限り自然な動作で射撃できるように、トリガープルの比較的軽いトリガーを使用することが一般的だからである。なお、容易に想像できることであるが、トリガープルを軽くしすぎた場合、暴発事故の発生が懸念される。
(5) 銃床部(バットストック)
・銃床の伸縮又は折り曲げ、及び頬当ての高低により、使用場面や体格にあわせて銃床を調節できるものとする。
→長さ調節に加えてチークレストの高さ調節もできる多機能アジャスタブルストック。FN SCARにも同様のストックが装備されているが、第3世代の先進軽量化小銃にはブッシュマスター/レミントンACRの多機能ストックが使用された。また、第1世代の先進軽量化小銃にはM4カービン風の伸縮式ストックが採用された。そもそも、89式小銃には固定銃床型と折曲銃床型の2種類が存在するが、その固定銃床は左右非対称の形状に設計されている。つまり、銃床の左側面をややくぼませることで、右利きの使用者が頬付け照準しやすいように工夫されているのである。(そのため、89式の固定銃床は歪んでいるようにも見えるが、本当に銃床の中心軸が曲がっているわけではない。)
しかし、使用者が右利きであることを前提とした設計は、既にあらゆる工業分野において時代遅れになっている。また、何の調節もできない旧来の固定銃床も次第に衰亡しつつある。より精確で安定した照準を行うためには適切な高さのチークレストが必要であるし、体格は急に変わらずともボディーアーマーや防寒着の装着によって着ぶくれすることを考慮すれば、伸縮による長さ調節機能の導入も不可欠である。
なお、豊和工業は89式小銃の伸縮式銃床を2種類開発している。一つは、2006年に特許を出願した、ボタン式リリース機構をもつ伸縮式銃床である(2011年に特許取得)。もう一つは、2008年に特許を出願した、ラッチ式リリース機構をもつ伸縮式銃床である(2013年に特許取得)。しかしながら、これらの伸縮式銃床は自衛隊に採用されなかったものと見られる。
・形式の異なる3種類の銃床部から選択可能なものとする。なお、それぞれの名称は、銃床部(I型)~銃床部(III型)とする。
→用意された3種類の銃床部は、どれもアジャスタブル・チークレストを備えているが、伸縮と折り曲げについて形式が異なる。銃床部(I型)は伸縮のみ可能、銃床部(II型)は左側へ折り曲げのみ可能、そして銃床部(III型)は伸縮および右側へ折り曲げの両方が可能である。他方、89式小銃の折曲銃床は左側に折り曲がり、FN SCARおよびブッシュマスター/レミントンACRの多機能銃床は右側に折り曲がる。そのため、銃床部(II型)は89式の折曲銃床に準拠したものであり、銃床部(III型)はFN SCARの多機能銃床を踏襲したものであると考えられる。なお、3種類の中で唯一伸縮機能をもたない銃床部(II型)の本体は、89式の折曲銃床と同様のパイプ式になっている。
試験用小火器の銃本体については以上であるが、銃本体との関わりが機能上特に深いと考えられる、その他の構成要素(弾倉および照準眼鏡)についても紹介しておきたい。
特筆すべきその他の構成要素
弾倉(マガジン)
・5.56mmは30発、7.62mmは20発の装弾数とし、手袋をした状態で、銃に確実に固定できる構造とする。
→装弾数は89式小銃および64式小銃と変わりない。形状を示した図を見る限り、5.56mmの弾倉はSTANAG 4179規格(草稿)に準拠していて、89式小銃と互換性があるものと思われる。むしろ注目したいのは7.62mmの弾倉である。64式小銃はレバー式マガジンリリースを備えているが、試験用小火器ではボタン式マガジンリリースに改められたため、64式と互換性がない可能性がある。また7.62mmの弾倉には、5.56mmの弾倉と違って、国際的な標準規格が存在しないため、どの7.62mm弾倉を規準として設計されたのか気になるところである。
7.62mm弾倉の互換性については、米軍SOFでも重大な課題になっている。米軍SOFは、FN SCAR-H(後述するMk 17 Mod 0ライフル)を採用する前から、ナイツ・アーマメント社のSR-25(Mk 11 Mod 0ライフルやM110ライフルなど)を運用しているが、SCAR-HとSR-25は同じ7.62mm口径でありながら、弾倉に互換性がないのである。そのため、ハンドル・ディフェンス社やストライカー・エンタープライゼス社は、SR-25の弾倉が使用できるSCAR-H用ロウワーレシーバーを開発・生産していて、そのようなカスタムパーツを使用しているSOF隊員もいる ((Melville, Toby (2013/10/05) “Midwest Industries MI SCAR Rail Extension for FN MK 16, FN MK 17 and FN MK 20 SSR SCAR Weapons: A Short-Term Product Review” Defense Review))。
・銃に装着した状態で、残弾数を目視により確認できる構造とする。
・材質の異なる2種類の弾倉から選択可能なものとする。なお、それぞれの名称は、弾倉(I型)及び弾倉(II型)とする。
→2種類の材質は明かされていないが、形状を示した図を見る限り、弾倉(I型)は金属製で、弾倉(II型)はポリマー製であると思われる。5.56mm弾倉(II型)の形状は、カナダ軍がC7ライフルおよびC8カービンに使用するナイロン製マガジンのそれ(カナディアン・パターン)に類似している。また「銃に装着した状態で、残弾数を目視により確認できる」ようにするために、弾倉(I型)には残弾確認孔が設けられている。つまり、5.56mmの弾倉(I型)は89式小銃のそれと同一である可能性が高い。一方、7.62mmの弾倉(I型)にも残弾確認孔が存在するが、64式小銃の弾倉には確認孔が存在しない。(前述の通り、7.62mmの弾倉についてはそもそも固定方法が変更されている。)以前から度々指摘されていることであるが、弾倉に残弾確認孔を設けることによって砂塵などの異物が入り込み動作不良の原因となる危険性についても留意したい。
気になるのは、確認孔がない弾倉(II型)ではどのように残弾数を確認するのかということである。ポリマーの特徴を活かして本体を透明または半透明にすることが可能性の一つとして考えられる。半透明マガジンの先例としては、マグプル・インダストリーズ社のTMAG(訓練用PMAG)や、ランサー・システムズ社のL5AWM / L7AWMが挙げられる。なおマグプルTMAGについては、使用された半透明プラスチックの材料特性を憂虞して、用途を訓練のみに限定し、実戦での使用は自主的に禁止された ((“Magazine Mania” [Online forum thread] (2009-2010) Weapon Evolution))。半透明ポリマー弾倉の設計にあたっては、材料特性を十分に吟味する必要がある。
照準眼鏡(ライフルスコープ)
・工具を使用することなく、銃身尾筒部上面のレールの任意の位置に、射撃の衝撃に耐えうる強度で固定できる構造とする。
・中心点及び補助照準点を有するものとする。
・努めて、89式5.56mm小銃に取り付けることができる構造とする。
・照準中に、手動で任意の倍率に無段階で変更できるものとする。
・中心点及び補助照準点は、ライトアップにより夜間においても肉眼で視認できるものとする。
・最低倍率1倍かつ最大倍率8倍以上で、倍率が可変なものとする。
・500mにおいて、人員の識別が可能なものとする。
・耐熱・耐寒性は、-20℃~+50℃(動作時)、-40℃~+60℃(非動作時)とする。
・耐水性は、水密4mとする。
→試験用小火器の「構成」にある通り、照準眼鏡には5.56mm用と7.62mm用が存在し、それぞれについてI型~III型までの3種類が用意される。それらの仕様上の差異は明かされていないが、形状を示した図を見る限り、いずれもAASAM 2016で使用されたライト光機製作所 / OTS製のCQBコンバットスコープに類似している。ライトアップ機能があることを考慮すれば、トリジコン社のVCOGに似ているとも言える。ただし、OTS製CQBスコープおよびトリジコンVCOGの倍率が1~6倍であるのに対し、試験用小火器の照準眼鏡は「最低倍率1倍かつ最大倍率8倍以上」である。ちなみに、AASAM 2013で使用された89式小銃には、トリジコン社のACOG(TA02)とRMR(RM01)の組み合わせ(TA02-RM01)が装着されていた。試験用小火器では、照星および照門がレールを介して着脱できる折畳式(バックアップ・アイアンサイト)になっているため、光学照準器の存在意義は大きいと考えられる。
64式小銃は、米軍のM84スコープを基に日本光学工業(現ニコン)が製造した64式用狙撃眼鏡と頬当てを装着することで、「64式狙撃銃」として運用することができる。7.62mm仕様の試験用小火器も、照準眼鏡の装着によって狙撃銃として運用できるかもしれない。また89式小銃では、イラク派遣の際にタスコジャパン(現サイトロンジャパン)製のMD-33が採用されたことを皮切りとして、辰野および東芝電波プロダクツから調達された89式小銃用照準補助具(ドットサイト)が装着されるようになった。試験用小火器の「構成」には89式小銃用照準補助具用アタッチメントが含まれているため、試験用小火器では、新規設計された照準眼鏡だけではなく89式小銃用照準補助具も使用することができる。
二脚(バイポッド)および銃剣(ベヨネット)
以上で紹介したことの他にも、試験用小火器の仕様書には様々の興味深い情報が記載されている。この後に第二の本題も控えているので、残念ながらここではその全てを紹介することができない。あともう二つだけ、国産小銃を語る上で重要な構成要素を挙げるとしたら、それらは二脚と銃剣である。
二脚と着剣ラグは、FN SCARには標準装備されていないが、64式小銃と89式小銃には標準装備されている特徴的な構成要素である。特に二脚は、自衛隊の基本的戦略である専守防衛の象徴であるとも言われている。これらの構成要素が試験用小火器にもしっかりと受け継がれている様には、ある種の感動を覚える。ただし、近年では89式の二脚を取り外して運用する例が増えてきたためか、試験用小火器の二脚は銃身尾筒部下面のレールを介して着脱する方式になっている。また、銃剣の必要性に関して議論する余地は本稿にはないが、銃剣不要論は64式の開発段階から既に一部関係者の間で叫ばれていたことである ((津野瀬光男 (2006) 『幻の自動小銃: 六四式小銃のすべて』 光人社, p.204))。
なお、FN SCARの一部モデルには着剣ラグが装備されている。例えば、米海兵隊のIAR(歩兵支援小銃)計画向けに開発されたFN IAR ((Johnson, Steve (2008/12/23) “FN IAR” The Firearm Blog))や、米陸軍のIC(次期主力小銃)計画向けに開発されたFNAC ((Johnson, Steve (2012/02/20) “FNAC (FN Advanced Carbine)” The Firearm Blog))、そして欧州仕様のSCAR-L STDおよびSCAR-H STDなどである。加えて、初期型のFN SCARには、グリップポッド・システムズ社のグリップポッド(バイポッド機能内蔵型フォアグリップ)が装着されていることが多かった。
米軍特殊作戦部隊によるSCARの運用について
2000年代初頭のアメリカ特殊作戦軍(SOCOM)は、従来のM4A1カービンに代わる、新たな「特殊部隊による特殊部隊のためのライフル」の配備を模索していた。それが、2002年に発案され、2003年末より事業が開始されたSOF Combat Assault Rifleプログラム(略してSCAR計画)である。SOCOMは2004年1月にSCARの要求仕様書を発表し、同年11月、SCARの設計案を提出した9社の一つであるFNハースタル社が契約を獲得した。SOF隊員による評価試験や、試験結果に基づく改良を経て、2008年までに、5.56mm仕様のSCAR-LはMk 16 Mod 0ライフルとして、7.62mm仕様のSCAR-HはMk 17 Mod 0ライフルとして、SOCOMに正式採用された。そして2009年4月から、米軍SOFへの正式配備が開始された。これが、米軍SOFにおいてFN SCARが運用されるようになるまでの概略である ((FN America, LLC (n.d.) “FN SCAR Family – System Overview“)) ((Crane, David (2011/02/17) “The SCAR Program: Present and Future” American Rifleman))。
Mk 16ライフルか、それともMk 17ライフルか
上の写真は、2014年1月に米カリフォルニア州フォート・ハンターリジェットの射撃場でFN SCARを撃つ米陸軍第75レンジャー連隊第2大隊の隊員を写したものである。第75レンジャー連隊は、SCARの使用例が最も多い米軍SOFの一つであると言える。ここで、読者の皆さんに一つ問題を出したい。この隊員が使用しているのは、Mk 16ライフルか、それともMk 17ライフルか。
答えはMk 17ライフルである。「どう見ても5.56mm仕様じゃないか」と言い返されそうであるが、私がMk 16とMk 17を誤解しているというわけではない。一方で、確かにこのライフルは5.56mm仕様であるため、皆さんが5.56mmのマガジンと7.62mmのマガジンを誤解しているというわけでもない。
つまり、このライフルの正体は「5.56mm仕様に再構成されたMk 17ライフル」なのである。これについて三つの疑問が生じる。第一に、どのようにしてMk 17ライフルは5.56mm仕様に再構成されているのだろうか。第二に、Mk 16と5.56mm仕様Mk 17の違い(見分け方)は何か。そして第三に、なぜMk 16の代わりに5.56mm仕様Mk 17が使用されているのだろうか。まずは5.56mm仕様Mk 17について説明することで、第一の疑問に答えたい。
どのようにしてMk 17は5.56mm仕様に再構成されるのか
上の写真を見て欲しい。この写真は、2016年4月に開催された米陸軍レンジャーのオープンハウス(基地祭)にて撮影されたものであり、レンジャー隊員が使用するFN SCARを写している。
注目したいのは、青い矢印で示された二点である。上下両方のレシーバーに「Mk 17 Mod 0」の表示があることが確認できる。しかし、アッパーレシーバーには7.62mm、ロウワーレシーバーには5.56mmと表示されている。本来のMk 17ライフルは7.62mm仕様であるから、通常(7.62mm仕様)のアッパーレシーバーに、特別(5.56mm仕様)のロウワーレシーバーが組み合わせられていると言える。つまりこれが「5.56mm仕様に再構成されたMk 17ライフル」である。以下では、このライフルを「Mk 17(5.56mm)」と呼ぶことにしよう。
「大は小を兼ねる」理論
SOF用小火器の研究開発を行う米海軍洋上戦闘センター(NSWC)クレーン支局の発表によると、SCAR-LとSCAR-Hの部品共用率は60%であるという ((Smith, Troy (2006) “S.C.A.R.: S.O.F. Combat Assault Rifle” [PowerPoint slides] Crane Division, Naval Surface Warfare Center, p.6))。ならばロウワーレシーバーを交換するだけで5.56mm弾と7.62mm弾の使い分けができるかといえば、実はそうではない。なぜなら、口径に合わせてバレルやボルトも交換しなければならないし、何よりも、二つのロウワーは全長が異なる(より大口径であるSCAR-Hの方が長い)ため、交換しようとしても正しく固定できないからである。だが、「大は小を兼ねる」という言葉がある。この言葉の理論に従って、より全長が長いロウワーと組み合わせることができるSCAR-Hのアッパーを母体として、SCAR-H用に全長を合わせた5.56mmロウワーを組み合わせ、バレルとボルトを5.56mm仕様に換装したとしたらどうなるか。この方法でなら、SCAR-Hを5.56mm仕様に再構成することができるのである ((Hi Desert Dog, LLC (n.d.) “SCAR 17S 556 Conversion Kit, SCAR-H556, BLK“))。
やや難しすぎる説明になってしまったので、要点を述べよう。この再構成の根底にあるのは、「大は小を兼ねる」という理論である。Mk 16を7.62mm仕様に変更することはできないが、Mk 17を5.56mm仕様に変更することはできる。FN SCARは元々バレル交換を前提としたモジュラーライフルであるため、口径変更の作業はそれほど困難なものではない。そして、米軍SOFのMk 17を5.56mm仕様に再構成するためのコンバージョンキットには、次に挙げる物品が含まれている ((“So I’m reading about .mil contracts and the Scar rifles” [Online forum thread] (2014) FN Forum))。(このキットはFNハースタル社が納入しているようであるが、口径変更には欠かせないバレル・アセンブリーがなぜか含まれていない点に留意したい。また、口径変更には必ずしも必要ではないが、動作最適化のために含まれていると考えられる部品もある。)
- ボルトキャリア(5.56mm化専用)
- ガスピストン
- リコイルスプリング・アセンブリー(5.56mm化専用)
- ボルト・アセンブリー(Mk 16用)
- ファイアリングピン(5.56mm化専用)
- ロウワーレシーバー(5.56mm化専用)
- 30連装5.56mmマガジン(Mk 16用)
Mk 16とMk 17(5.56mm)の違いは何か
先程私がMk 17(5.56mm)に関する問題とその答えを出したとき、きっと皆さんはこう思われたことだろう。「どうしてそれがMk 16ではないと分かるのか」と。実は、Mk 16とMk 17(5.56mm)を見分けるのはそれほど難しいことではない。
上の写真に写るレンジャー隊員もMk 17(5.56mm)を使用しているのであるが、そのマガジンリリースの真下にフィンガーレスト(指置き)のような部分がある点に注目して欲しい。このフィンガーレストこそ、それが「5.56mm仕様に再構成されたMk 17」であることを示す最大の特徴である。Mk 16には見られないこのフィンガーレストは、一体何のために存在するのか。その理由は、先述のように、Mk 17のロウワーレシーバーはMk 16のそれよりも長いからである。Mk 17ロウワーの全長を保ったままマグウェルが小さくなったため、余った長さの分がフィンガーレストとして活用されているのである。また、Mk 17のイジェクションポートとケースディフレクターはMk 16のそれらよりも大型であるため、アッパーレシーバーだけを見てMk 16とMk 17を識別することも可能である。
Mk 16/17ライフルのセレクター操作角
余談になるが、先に掲載したMk 17(5.56mm)の近接写真について、興味深いことがもう一つある。セレクターレバーの操作角が変更されているのである。本来のSCAR-L/HおよびMk 16/17におけるセレクター操作角は90度(S-1-A)であるが、Mk 17(5.56mm)では180度(S-1-A)になっている。また、Mk 16とMk 17(7.62mm)も、現在は操作角180度のセレクターを使用している。私が確認できた限りでは、2009年から、Mk 16/17についてセレクターの交換と刻印の打ち直しが行われるようになった ((枪炮世界 (2006-2016) “FN SCAR图片集 – 实际使用“))。また2012年には、180度セレクターを標準で装備したMk 17(7.62mm)が登場した ((枪炮世界 (2006-2016) “FN SCAR图片集 – 实际使用“))。
セレクター操作角が変更された理由の一つとして考えられるのは、昔から運用されているM4A1カービンの180度セレクター(SAFE-SEMI-AUTO)と同じ感覚で操作できるようにするためである。どうやら90度セレクターは、SCAR計画に際してSOCOMが要求した仕様の一つであったようだ。そのため、コルト・ディフェンス社がSCAR計画向けに開発したコルトSCAR ((Bartocci, Christopher R. (2006) ‘The Colt SCAR Weapons Types A & B‘, “Small Arms Review” 9(12), Moose Lake Publishing)) ((Bartocci, Christopher R. (2006) ‘The Colt SCAR Weapons Type C‘, “Small Arms Review” 10(1), Moose Lake Publishing))にも、90度セレクターが用いられている。
なぜMk 16の代わりにMk 17(5.56mm)が使用されるのか
さて、これから述べる内容は、米軍SOFのSCARにまつわる最大の謎であり、自衛隊のモジュラーライフル運用について考えるための礎となる、本章の核心である。5.56mmのSCAR-LがMk 16として採用されているにも関わらず、どうしてMk 17が5.56mm仕様に再構成されているのだろうか。Mk 17を5.56mmに再構成することによる利益は存在するのだろうか。
Mk 16ライフルの調達中止の真相
この謎に関して最初に確認しておく必要がある重要なことは、SOCOMは2010年6月にMk 16の調達中止を発表したと同時に、それまでに調達された約850挺のMk 16を回収する意向を示したということである ((Lowe, Christian (2010/06/25) “SOCOM Cancels Mk-16 SCAR” Kit Up!))。同年4月にSCAR計画が「マイルストーンC」段階に到達し、Mk 16とMk 17の低率初期生産(LRIP)が決定した直後の発表だった ((FN America, LLC (n.d.) “FN SCAR Family – System Overview“))。
どうしてMk 16は調達中止になってしまったのか。その理由について当時のSOCOMは、「競合する優先度を考慮すれば、SOCOMの限られた資金を費やすに足るほどM4カービンに優る性能上の利点がMk 16には無い」ためと説明している ((Lowe, Christian (2010/06/25) “SOCOM Cancels Mk-16 SCAR” Kit Up!))。この説明は、一見すると「SOCOMはMk 16よりもM4A1の方が優れていると判断した」とも解釈できる。
Mk 16とM4A1のどちらがより優れているかという議論を始めるつもりはないが、この解釈には不審な点があると私は考えている。結局そういう結論が出るのであれば、今まで軍官民が一体となってSCAR計画を進めてきた意味は何だったのか。また、5.56mmのライフルはM4A1で十分だと言うのなら、5.56mmに再構成されたMk 17が運用されていることと辻褄が合わない。
Mk 16が調達中止になった理由について、私が仮説を立てるとすれば、それは「Mk 17を5.56mmに再構成することができればMk 16の調達は不要であり、Mk 16を調達するよりもコンバージョンキットを調達した方がコストが安いから」だ。
実は、Mk 17を5.56mm化する構想、むしろ、SCAR-LとSCAR-Hのアッパーレシーバーを共用化することで口径変更を可能にする構想は、SCAR計画の早い段階から存在していたのである。下の図を見て欲しい。この図は、米海軍NSWCクレーンが2006年に発表したPowerPoint資料の一部である。SCAR-L/Hのアッパーレシーバーを共用化することで、バレル、ボルト、ロウワーの交換による口径変更が実現できる可能性が示されている。
結局、Mk 16/17においてアッパーレシーバーの共用化が実現することはなかった。しかし後年、何らかの経済的課題に直面したSOCOMが、この構想に再び着目して、実現に向けて動き出したとは考えられないだろうか。
Mk 16の調達中止が発表された時点で既に、FNハースタル社はMk 17の「共用レシーバー」構想をSOCOMに対して売り込もうとしていたようだが、SOCOMがこの構想に関心をもっているという確証は当時はまだなかった ((Lowe, Christian (2010/06/25) “SOCOM Cancels Mk-16 SCAR” Kit Up!))。しかし、調達中止の発表からわずか4日後の報道で、SOCOMは、Mk 17を5.56mm化するコンバージョンキットを開発している旨を明らかにしている ((Lowe, Christian (2010/06/29) “SOCOM Developing Caliber Conversion for SCAR” Kit Up!))。SOCOMとFNハースタル社のどちらが先に共用レシーバー構想を掘り起こしたのかは不明であるが、少なくとも、Mk 16の調達中止が決定した時点で、Mk 17の5.56mm化も再検討されていたのではないだろうか。
「SOCOMはMk 16よりもM4A1の方が優れていると判断した」という解釈がインターネット上で広まったことを受けて、FNハースタル社は2010年7月に、「SCAR(特にMk 16)が優れているかどうかということが問題なのではない。それが優れているということは既に証明されている」と釈明した ((Lowe, Christian (2010/07/02) “FN Fires Back on Mk-16 Death” Kit Up!))。同社はこの声明の中で、レシーバーの共用化も選択肢の一つであると認めているが、Mk 16について絶対的な自信と誇りをもつ開発者としては、5.56mm化されたMk 17で手を打たれることは本意ではないという内実も、私たちは窺い知ることができる。FNハースタル社は数日後に第二の声明を発表し、「SOCOMはMk 16を棄却していない」ということを強調した ((Lowe, Christian (2010/07/09) “SCAR Mk-16 Reverb (To Buy or Not To Buy)” Kit Up!))。
確かに、SOCOMはMk 16の調達を中止しただけで、棄却はしていないのである。ここまで大きな騒動に発展してしまった背景には、SOCOMの意図と、FNハースタル社の意図と、報道者の意図と、読者の意図について、解釈上の食い違いが相互にあったのではないかと私は思う。Mk 16の調達中止が発表された後の2010年7月末に、SOCOMがMk 16を含むSCARシステムの本格的な量産化を承認したことも、混乱を招いている ((Crane, David (2011/02/17) “The SCAR Program: Present and Future” American Rifleman))。
ここまでの話を整理して、私が考えている事の顛末をまとめてみよう。SOCOMは本気でMk 16を不要だと思ったわけではなく、むしろSOCOMは念願のSOF専用ライフルであるMk 16を使い続けるつもりであった。しかしSOCOMは、SCAR計画に影響が及ぶ経済的事態に陥り、コストを削減しなければならなくなった。そのための案として持ち上げられたのが、Mk 16の調達中止と、かつて提案された共用レシーバー構想であった。SOCOMはFNハースタル社と連携して共用レシーバー構想を復活させるが、心血を注いでMk 16を開発したFNハースタル社は、この構想の実現に気乗りしない様子であった。結果としてSOCOMは、Mk 16の調達を中止することでコストを削減しながら、5.56mm化されたMk 17を「事実上のMk 16」として運用することになったのである。
この仮説を支持する根拠の一つとして、2011年6月にFNハースタル社のマーク・チャープス氏(現FNアメリカ社長)が『シューティング・イラストレーテッド』誌に語った内容を、次に引用する ((“Update on the FN SCAR” (2011/06/27) Shooting Illustrated))。
SCAR計画の初期段階において、要求仕様書の草稿が定義していたものは、複数の口径(5.56x45mm / 7.62x51mm / 7.62x39mm)に対応することができる単一の小火器プラットフォームであった。FN社がSOCOMに対して提案・提供したものは、コンバージョンキットを介して、米軍SOFが現在および将来的に使用する弾薬に対応できる、統一されたシステムだったのだ。要求仕様を確定させる段階になったとき、SCARを二つのプラットフォームに分割するべきだと、SOFの隊員らが決定した。一つは5.56mmライフル、もう一つは7.62mmライフルである。その時このような決定がなされた理由は何か。統一システムの5.56mm仕様はM4カービンよりも重いという事実が、隊員らには好まれなかったからである。標準型Mk 16と標準型SCAR-Hの重量差は、およそ半ポンド(約230 g)である。検証試験、実用試験、および配備承認の完了(マイルストーンC到達)に際して、SOF隊員の新たな一団が当初の決定を取り消した。彼らが求めたのは、計画の初期理念への回帰だった。すなわち、7.62mmから5.56mmに再構成することができる単一の小火器プラットフォームであったのだ。
FNハースタル社は、5.56mmのコンバージョンキットを2010年末に完成させた ((“Update on the FN SCAR” (2011/06/27) Shooting Illustrated))。そのため、Mk 17を5.56mmに再構成する計画について具体的な道筋が示されたのは、2011年に入ってからのことであった。
2011年5月に開催された特殊作戦部隊産業会議(SOFIC)にて発表されたPowerPoint資料から、米陸軍特殊作戦コマンド(USASOC)は2011年度末からMk 17用5.56mmコンバージョンキットの調達を開始し、それに合わせてMk 16の運用を2013年度末までに終了する計画であることが明らかになったのである ((Lowe, Christian (2011/06/03) “USASOC Plans SCAR Conversions” Kit Up!))。一方、米海軍NSWCクレーンは2011年12月、装備品目録の数量を維持するためとして、Mk 16を含むSCARシステムを追加調達する意向を示した ((Johnson, Steve (2011/12/15) “Navy to buy additional FN SCAR Mk. 13, Mk 16, Mk. 17 and Mk. 20” The Firearm Blog))。
更に、FNハースタル社は昨年10月、Mk 17を7.62x39mm(AKマガジン)仕様に再構成することができるコンバージョンキットを発表した ((“AUSA – FNH USA 7.62×39 SCAR” (2015/10/12) Soldier Systems Daily))。これにより、一つのレシーバーを母体として3種類の口径(5.56x45mm / 7.62x51mm / 7.62x39mm)に対応することができるという、SCAR計画の当初の要求がようやく実現したのである。特に、M4カービンと同様の操作性で7.62mm AK弾を撃つことができるモジュラーライフルの開発は、ナイツ・アーマメント社のSR-47を生んだSPR-V計画にも代表されるように、米軍SOFにとってはかねてからの悲願であったと言える。
結局Mk 16がどうなったのかということについては、SOCOMという一つの大きなまとまりを基に考えるのではなく、SOCOMの下位組織それぞれに焦点を絞って考える必要があると思われる。つまり、陸軍・海軍・空軍・海兵隊それぞれの特殊作戦部隊ではどのようにSCARが運用されているかということである。興味深い一例を挙げるとすれば、SCAR計画を猛烈に推し進めたのは米海軍特殊戦コマンド(NSW)であり、その隷下部隊であるSEALsは、Mk 16の調達が中止されるまで、他のどのSOCOM隷下組織よりも多くMk 16を配備していたという言説がある ((Lowe, Christian (2010/06/25) “SOCOM Cancels Mk-16 SCAR” Kit Up!))。
FN SCAR: 自動小銃設計の新たな分水嶺
ここまで、米軍SOFにおけるFN SCARの運用法について、その歴史を交えながら紹介してきた。2000年代の中頃、SOCOMがSCAR計画を推進する裏で、米陸軍はXM8ライフルの配備を奨励し、統合特殊作戦コマンド(JSOC)の麾下にある米陸軍デルタフォース(CAG)や米海軍特殊戦開発グループ(DG)はHK416を採用した。その時代は、米軍内の諸部隊においてM4カービンの信頼性が問題視されたことを受けて、「脱M4」の気運が最高潮に達していた時代だったのである ((“The USA’s M4 Carbine Controversies” (2016/01/13) Defense Industry Daily))。しかし結局、M4カービンを代替するための諸計画はことごとく失敗し、陸軍の一般部隊はM4カービンをM4A1と同等の仕様に再構成しながら使い続け、米軍SOFはM4A1に特別の改修(SOPMOD)を施しながら使い続けている。少なくとも今後の十数年間、M4カービンは米軍の兵士たちに随伴して活躍することになるだろう。
SCAR計画は、M4A1を更新するという当初の目的を達成することができなかった。しかしながら、小銃史上最も成功したモジュラーライフルの一つであるFN SCARを生み出した功績は大きい。下の図は、SCARの「大は小を兼ねる」理論を簡略に示したものである。SCAR-Lが5.56mm専用である一方、SCAR-Hが3種類の口径に対応可能なマルチキャリバーライフルであることに注目して欲しい。また、両者間に見られるケースディフレクターの形状の違いも示してある。
自衛隊におけるモジュラーライフルの価値
本稿の主題は「自衛隊の次世代型モジュラーライフルを考える」ことであるのに、ついつい米軍のSCAR計画について長く語りすぎてしまったようだ。ここからは再び、自衛隊の次期主力小銃の話に戻していこう。将来の自衛隊が試験用小火器のようなモジュラーライフルを運用することになったと仮定して、その価値について考えてみたいと思う。
自衛隊はモジュラーライフルの利点を活かしきれるか
実は、「モジュラーライフル」という言葉に学術的な定義は存在しない。数々の設計に共通して見られる特徴に基づいて、私がモジュラーライフルというものを簡潔に定義するとすれば、それは次のようになる。モジュラーライフルとは、「単一のレシーバーを基盤として、パーツやアクセサリーを追加または交換することで、個人の好みや任務の条件に合わせて再構成することができるライフル」である。
このように、モジュラーライフルの最大の利点は、(1) 「個人の好みを基に仕様を最適化できること」と、(2) 「任務の条件を基に仕様を最適化できること」の二つであると、私は考えている。また、基本的な操作系統を統一しながら多用途の運用が可能であるため、モジュラーライフルを採用する組織にとっては使用者の教育に関しても利点があるが、ここで主として扱いたいモジュラーライフルの利点は、上記の二つである。自衛隊は、これら二つの利点を適切に活かすことができるだろうか。
個人の好みに基づく仕様変更
自衛隊の厳格な規則に鑑みると、残念ながら、個人の好みに基づいて仕様を変更することは到底叶わないと言えるだろう。そのため、自衛隊におけるモジュラーライフルの利点は、前述の (2) のみに限定されることになると考えられる。
そもそも、個人の勝手な判断でパーツを交換したりアクセサリーを追加したりすることは、自衛隊だけではなく米陸軍においても明確に禁止されていることである。例えば、米陸軍ではM4カービンのグリップを市販品に交換することさえ禁止されている ((Lowe, Christian (2010/07/08) “Sorry Joe, No New AR Grip for You” Kit Up!))。しかし、特殊作戦に従事する米軍SOFにおいては、官給品ではないパーツやアクセサリーの使用例を目にする機会が少なくない。そのような改修も公式には認められていないものであると思われるが、SOFは一般部隊よりも自由度が高い(自己責任感が強い)という暗黙の了解が米軍内に存在することは確かだろう。(自由度を相対的に表すとすれば、「米軍SOF>米軍一般部隊≧自衛隊」のようになるのだろうか。)したがって、(1) の利点を十分に活かすことができるのは、現況ではSOFのみである。
任務の条件に基づく仕様変更
上記の理由から、(2) の利点に焦点を定めて考えを深めてみよう。この利点に関する顕著な具体例として挙げられるのは、(2a) 「銃身や銃床を交換することができること」と、(2b) 「複数の口径に変更することができること」の二つである。先程の話と異なるのは、仕様を変更するための判断基準が「個人の好み」(主観的)ではなく「任務の条件」(客観的)であるという点である。そのため利点 (2a) については、既に89式小銃の固定銃床型と折曲銃床型が使い分けられているように、自衛隊においても実現可能である可能性が高い。
一方、利点 (2b) つまりマルチキャリバー機能についてはどうだろうか。世界各地に展開する米軍SOFにとって、現地での調達がより容易な弾薬(例えば7.62mm AK弾)が使用できるということは大きな利益である。しかし、専守防衛の理念を掲げる自衛隊にとっては、マルチキャリバー機能はそれほど有益ではないと、私は思う。もちろん、自国で新たに採用された弾薬に対応させることもできるだろう。が、自衛隊が今後数十年のうちに新口径弾を採用する可能性は、果たしてどれほどのものだろうか。これまでにも米軍は様々な新口径弾(6.8x43mm SPC弾など)を研究開発してきたが、それらのいずれも既存弾薬を大きく代替するまでには至っていない。なぜなら、既に西側諸国にすっかり根付いてしまったNATO弾を置き換えるには、膨大なコストと手間がかかるからである。そのため、新規弾薬を導入するためには、NATO弾との互換性を確保して設計するか、あるいは一部への限定的な配備とするか、選択しなければならないのが現状である。
自衛隊は今後も5.56mm弾と7.62mm弾の2種類を使い続けると仮定した場合、「大は小を兼ねる」理論を導入して、7.62mm仕様を標準に5.56mm仕様を設計することは有益だと言えるだろうか。つまり、両仕様において尾筒部を統一、共用化することの是非についてである。メリットは、尾筒の製造ラインを一本化することで、生産コストが削減できることである。デメリットは、本来の必要以上に大型の尾筒を5.56mm仕様に用いることで、銃の重量が増加してしまうことである。この重量増加は、米軍のSCAR計画で共用レシーバー構想が一度撤回された理由にもなっている。すなわち選択肢は、両仕様で尾筒を共用することでコストを削るか、5.56mm専用の尾筒を使用することで重量を削るか、である。
5.56mm弾か、それとも7.62mm弾か
共用レシーバー構想の是非を決定するにあたっては、そもそも、7.62mmの新型小銃がどれほど必要とされているかを考える必要があるだろう。なぜなら、7.62mm仕様を大量生産する予定がないにも関わらず7.62mm仕様を標準とすることは不合理だからである。日本を含む西側諸国の多くは、火力が高い7.62mmから、軽量な弾薬を多量に携行できる5.56mmへ、主力小銃の口径を移行した。しかし、ここ十数年間で、旧式であるはずの7.62mm小銃の需要が急速に高まっている。
例えば英陸軍は、2009年に7.62mm新小銃の選定を行い、2010年初頭に米ルイス・マシン&ツール(LMT)社のLM7(米国名LM308MWS)をL129A1ライフルとして採用した ((Law Enforcement International, Ltd. (n.d.) “Story of the L129A1“))。1985年から国産のSA80(L85A1/A2ライフル)を使い続けている英陸軍が、どうして突然にAR-10型の外国製小銃を採用したのか。そのきっかけは、アフガニスタンへの英軍派遣に際して、5.56mm弾の射程不足が問題視されたことだった。米陸軍の報告によると、アフガニスタンにおける交戦の約半数が300メートルを超える距離で発生している ((Ehrhart, Thomas P. (2009) “Increasing Small Arms Lethality in Afghanistan: Taking Back the Infantry Half-Kilometer” [PDF document] United States Army Command and General Staff College, p.iii))。しかし、SA80が使用する5.56mm弾の最長有効射程は300メートルであるため、敵兵は英軍の弾が届かない距離から7.62mm AK弾で英軍を攻撃することができたのである ((Lowe, Christian (2010/01/08) “Brits Getting into the 7.62 vs 5.56 debate” Defense Tech))。そこで英国防省は急遽、より有効射程が長い7.62mm弾を使用する選抜射手用ライフル(DMR)を調達したというわけだ。余談だが、L129A1ライフルの選定にはFN SCAR-HやHK417などの強豪も参加していて ((“Taking Back The Infantry Half-km: Britain’s L129A1” (2010/06/08) Defense Industry Daily))、それらの中からLMT LM7が勝ち残ったという経緯は興味深い。
7.62mm弾の特徴は、有効射程の長さだけではなく、殺傷能力の高さにも見出だすことができる。もう一つ、外国の事例を紹介しよう。インド陸軍は現在、1990年代末期から運用している国産5.56mm小銃のINSASに代わる次期主力小銃を模索している。それに関して議論の対象となっているのが、新小銃の口径を5.56mmと7.62mm AK弾のどちらにするかということである。これは、弾薬の互換性や入手可能性についての問題ではない。この議論の根底にあるのは、「5.56mmは傷害用、7.62mmは殺害用」という、弾薬の使用目的に関する考え方なのである。この考え方について、2016年4月に発表された『タイムズ・オブ・インディア』紙の記事を次に抜粋する ((Pandit, Rajat (2016/04/21) “Should next-gen guns kill or wound? Army debates” The Times of India))。
議論の的になっているのは、求められる「殺傷能力の高さ」である。陸軍の経験によると、5.56mm小銃は正規戦争に向いていると考えられる。なぜなら、5.56mmはふつう敵兵を傷害するため、敵軍は負傷者を運搬するために少なくとも二人の人員を割かなければならなくなるし、敵軍全体の士気にも打撃を与えられるからである。7.62mm小銃は対テロ作戦用として望ましい。なぜなら、対テロ作戦においては、テロリストが大惨事を引き起こす前に素早く当人を殺害することが求められるからである。「どちらにもそれぞれの理由があります。当然ながら、殺傷度は被弾部位によっても変化するものですが」と、陸軍関係者は語った。
これらの事例に関して、いくつか確認しておきたいことがある。まず、有効射程では7.62mm弾に劣る5.56mm弾も、近距離では着弾後に弾頭が破裂することで十分な殺傷能力を発揮することができる ((毒島刀也 (2013) 『M16ライフル M4カービンの秘密: 傑作アサルト・ライフルの系譜をたどる』 ソフトバンク クリエイティブ, pp.40-45))。次に、自衛隊で使用される7.62mm弾は、NATO弾(銃口初速810 m/s)の装薬を10%減らした減装弾(銃口初速710 m/s)であるが、この減装は800メートルまでの弾道と貫通力に悪影響を及ぼさないということが実験によって証明されている ((小川孝一・編集部 (1984) 「64式小銃のすべて Part 1: 開発から制式へ」, 『Gun』1984年10月号, 国際出版, p.19))。
自衛隊に7.62mm新小銃を配備する上で検討するべきことは、自衛隊の作戦行動が想定される地域の中に、5.56mm弾が射程不足となるような環境が存在するかどうかである。また、7.62mm口径であるが連射が困難なボルトアクション方式を採る対人狙撃銃(米国名M24ライフル)では対応しきれない状況に直面する可能性についても議論する必要がある。一方、平和主義に基づく自衛権行使のために高火力小銃を使用することは適当であるかどうか、という倫理的・法規的な問題が提起されるかもしれない。私は、5.56mm口径と7.62mm口径の2種類の主力小銃を併用するべきだと考えている。なぜなら、「5.56mmと7.62mmのどちらがよいか」という口径統一のための議論よりも、「それぞれの特徴を活かしてどのように使い分けるか」という議論の方が、より建設的であると思うからである。
最も基本的かつ重要なモジュール機能
自衛隊の次期主力小銃について、私が最も強く求めるのは、アクセサリーの追加による機能拡張に対応するための基盤となるレールシステムの導入である。米国防総省のMIL-STD-1913規格(ピカティニーレール)に代表されるレールシステムを装備することは、現代欧米の小銃設計における最優先事項になっていると言っても過言ではないほど、最も基本的かつ重要なモジュール機能である。
ここ数年間のうちに、旧来のピカティニーレールに代わる新しい拡張スロットの規格が登場し、米国市場を中心に普及しつつある。代表的な例として、ヴォルター・ウェポン・システムズのKeyMod(2012年発表)と、マグプル・インダストリーズ社のM-LOK(2014年発表)が挙げられる。上の図でその形状を確認して欲しい。これらの民間案の大きな魅力は、利用に際してライセンス料が不要であることである。(ただし、KeyModはオープンソースの規格として全ての図面がパブリックドメイン指定で公開されているが ((Kincel, Eric S. (2012) “Introducing the Vltor KeyMod system” [Online forum message] M4Carbine.net))、M-LOKは事前にマグプル社と使用許諾契約を結ぶ必要がある ((Magpul Industries Corp. (2015) “M-LOK: Description and FAQ Document” (Revision 1.2) [PDF document], p.8))。)また、ピカティニーレールが「オス型」のインターフェイスであるのに対し、KeyModとM-LOKは「メス型」であるため、ハンドガードに採用しても握りやすさを損なわず、放熱孔としても機能するという利点がある。更に、ピカティニーレールを完備したハンドガードは四角柱状(クアッドレール)であることが多いが、KeyModとM-LOKではハンドガードを八角柱状にすることが可能であるため、より操作しやすい位置(斜めの位置など)にアクセサリーを装着することができる。
さて、ここで問題となるのは、KeyModとM-LOKのどちらがより優れているかということである。これは私の主観的推定であるが、現在の米国市場では、後発のM-LOKの方が興隆していると言える。なぜなら、M-LOKはKeyModと違って、ポリマー製品との相性がいいからである。(KeyModアクセサリーの固定に使用される円錐ナットは、ポリマー製品を変形・破損させる恐れがある ((Magpul Industries Corp. (2015) “M-LOK: Description and FAQ Document” (Revision 1.2) [PDF document], p.8))。)また、KeyModスロットを図面通りに成形するためには特殊な工具(100度角の裏座ぐりカッターまたは射出成形機)が必要であるため、M-LOKスロットの成形よりもコストと手間がかかることが指摘されている ((Magpul Industries Corp. (2015) “M-LOK: Description and FAQ Document” (Revision 1.2) [PDF document], p.8))。加えて、M-LOKは規格とロゴの利用についてライセンス制(無償)を実施しているため、製造者は自らの製品が規格に準拠していることを消費者に対して保証することができるという利点もある ((Magpul Industries Corp. (2015) “M-LOK: Description and FAQ Document” (Revision 1.2) [PDF document], p.8))。
様々なメリットをもつスロット式レールシステムは、将来、ハンドガード上のピカティニーレールを完全に放逐してしまうだろうか。少なくとも国防用小銃などのサービスライフルに関しては、その可能性は低いと言えるだろう。これには二つの理由がある。第一に、ピカティニーレールは、ドットサイトやライフルスコープといった光学照準器を装着するためのインターフェイスとして、既に絶対的な地位を獲得しているからである。それならばレシーバー上のみにピカティニーレールを残せばいいではないかという反論があるかもしれない。しかし、現代のサービスライフルにおいては、レシーバー上のみにピカティニーレールを装備するのではなく、レシーバーの後端からハンドガードの先端まで一直線に貫く長いピカティニーレールを装備することが求められているのである。この第二の理由について、これから詳しく説明していきたい。
小銃の夜戦対応能力の向上
小銃の基本的な能力は、世界的に見ても、半世紀前からそれほど大きく変わっていない。しかし現代では、この半世紀の間で飛躍的に進歩した画像増幅技術(ナイトビジョン)や熱画像技術(サーモグラフィー)などが小銃に応用されるようになり、結果として、小銃の夜戦対応能力が向上した。一方、これらの新技術は個人装備にも応用されている。例えば自衛隊は、米軍のAN/PVS-14を日本電気(NEC)がライセンス生産した個人用暗視装置JGVS-V8を運用している。夜戦で優位に立つための鍵を握るのは、もはやフラッシュライトだけではないのである。が、暗視装置をヘルメットに装着して使用する場合、小銃を照準することに物理的な困難が生じてしまう。この問題を解決するための方策は三つある。
一つ目は、レーザーサイトを用いて照準を行う方法である。ここで言うレーザーサイトとは、赤色や緑色の可視レーザー光を放射するものではなく、肉眼では見えないが暗視装置を通すと見える赤外(IR)レーザー光を放射するものである。この方法は米軍と自衛隊の両方で既に実施されていて、米軍はインサイト・テクノロジー製のAN/PEQ-15(米軍SOFはその高出力型であるLA-5/PEQ)を使用している一方、自衛隊は旧式のAN/PAQ-4を基に東芝電波プロダクツが製造した照準具JVS-V1を使用している。しかし、レーザーサイトはあくまで補助的な照準器であるため、この方法を遠距離射撃に適用することは現実的ではないだろう。
二つ目は、ライフルスコープそのものに暗視装置を組み込む方法である。この方法は、第2次世界大戦中に実用化された第0世代(アクティブ方式)暗視装置にも見ることができる、最も伝統的なものである。第3世代のAN/PVS-17は、旧式のSOPMOD Block Iアクセサリーの一つとして、かつて米軍SOFによって運用されていた。一見すると、これは最も都合のいい方法であるように思えるが、実はそうでもない。暗視機能をオフにすれば昼間でも使えるかもしれないが、必要以上に大きなスコープを運用することは不合理である。あるいは、昼間用のスコープと夜間用のスコープを使い分けることになる。その場合、調整した照準基点(ゼロ)や、レンズの倍率・口径、レティクルなど様々な点で使い勝手が変わってしまうという問題が生じるのである。
三つ目は、既存のライフルスコープの前方に暗視装置を追加装着する方法である。上の写真では、米海兵隊が運用するM110ライフルのスコープの前方にAN/PVS-27が装着されている。このようにスコープの前方に追加装着して用いる暗視装置の方式は、「クリップオン」方式と呼ばれている。(なお、ドットサイトの場合、暗視装置はその後方に追加装着することが一般的である。)当の問題を解決するための手段として、クリップオン方式の採用は最も合理的なものであると、私は考えている。なぜなら、昼間用スコープの使い勝手を維持しながら、必要に応じて暗視機能を追加することができるからである。米軍SOFは、現用のSOPMOD Block IIアクセサリーとして、クリップオン方式のAN/PVS-24(ナイトビジョン)とSU-232/PAS(サーモグラフィー)を運用している。ただし、クリップオン方式の暗視装置を使用するためには、十分な長さのピカティニーレールが必要である。特に、全長の長いライフルスコープと併用する場合は尚更である。レシーバーの後端からハンドガードの先端まで伸びる長いピカティニーレールが求められているのは、このためなのである。
おわりに: サービスライフルの「進歩」と「進化」
本稿ではここまで、防衛省が研究している試験用小火器の仕様書と、米軍SOFによるFN SCARの運用法を基に、自衛隊におけるモジュラーライフルの運用について論じてきた。前編でも述べた通り、試験用小火器が自衛隊の次期主力小銃になると決定したわけではない。次期小銃も国産であると仮定した場合、それは我が国の小銃開発史にとって「進歩」か「進化」のどちらかになるだろう。すなわち、既採用小銃の様式から独立して設計された新小銃(進歩)か、もしくは既採用小銃の様式に依存して設計された新小銃(進化)か、である。最後に、海外のサービスライフルの「進歩」と「進化」の事例を一つずつ紹介して、本稿を締めくくりたいと思う。
台湾軍におけるサービスライフルの「進歩」
中華民国(台湾)の国防部軍備局生産製造センター第205廠(第205兵工廠)は現在、中華民国国軍(台湾軍)で使用するための新型国産小銃を研究開発している。それが、5.56mm口径のXT105ライフルである。上の写真は、2015年8月に開催された台北国際航空宇宙・国防工業展(TADTE)にて展示されたXT105ライフルを写したものである。一見して、豊和工業の試験用小火器と同様に、FN SCARに強い影響を受けて設計されていることが分かる。多目的特殊小銃(MSR)の別名をもつXT105ライフルは、FN SCARと同様に、長さの異なる3種類のバレルから選択することができる。
台湾軍はこれまで、1976年(中華民国65年)に採用したT65ライフルや、少数配備に留まったT86ライフル、そして現在の主力小銃であるT91ライフルなど、国内で開発・生産されたガスピストン方式のAR-15を運用してきた。つまり、現在の台湾軍では、旧来のAR-15型小銃から新しいSCAR型小銃への転換が行われようとしているのである。もしXT105が台湾軍の次期主力小銃になれば、それは台湾の小銃開発史にとって「進歩」になるだろう。
XT105ライフルの前身は、第205兵工廠が2008年に完成させたXT97ライフルである。XT97もまたFN SCARに類似しているライフルであるが、2008年当時はまだSCARが米軍SOFに正式配備されていなかったことを考慮すると、第205兵工廠の研究開発意欲の高さが窺える。結局、XT97ライフルが台湾軍の主力小銃になることはなかったが、そのモジュラーライフル構想は、2012年から開発が開始されたXT105ライフルに受け継がれたのである。(なお、台湾軍SOFはXT97ライフルを運用しているという報告がある ((Thompson, Leroy (2014/10/21) “ROC Military: Taiwan’s Top Tier” Tactical Life))。)
TADTE 2013にて発表されたXT105の試作品からは、実に興味深いことが判明している。それは、XT105のボルトはAR-15やFN SCARなどに見られるマイクロ・ロッキングラグ方式ではなく、AKのボルト形状を採用しているということである ((Johnson, Steve (2013/08/16) “Taiwan’s Latest Type XT Prototype Rifle” The Firearm Blog))。2015年6月にはXT105ライフルの量産品第一号が公開されたが、派手な金メッキが施されたその姿に私たちは驚かされた ((中央通訊社 (2015/06/06) “Next-generation assault rifle unveiled” The Taipei Times))。2ヶ月後のTADTE 2015では、XT105の標準型に加えて、アッパーレシーバーを炭素繊維強化プラスチック製とした軽量型や、ハンドガードにKeyModを採用してロウワーレシーバーを3Dプリンターで作製した7.62mm口径のDMR型、そしてXT105の操作系統を維持しながら9mm口径化したXT104 SMGなども展示された ((“台湾军工展示多款新枪械 包括3D打印精确步枪” (2015/08/14) 新浪图片))。
実は、かつての第205兵工廠は、T91ライフルに代わる新たなAR-15型小銃も試作していた。それが、TADTE 2011にて発表されたXT100ライフルとXT101ライフルである。XT100は6.8mm弾を使用するが、興味深いことに、これは既存の6.8x43mm SPC弾ではなく、5.56mm弾を6.8mmにネックアップした新規弾薬であるようだ ((Johnson, Steve (2011/08/19) “Taiwan XT100 6.8 SPC Assault Rifle” The Firearm Blog))。一方XT101は、いつか私が聞いた話によると、XT97のモジュラーライフル構想を受け継いで、容易にバレルを交換することができる5.56mmライフルであるそうだが、その真偽は不詳である。
私の知る限りでは、T65ライフルは史上初めてサービスライフルとして正式採用されたピストン式AR-15であり、T86ライフルは史上初めてドロップイン・トリガー(完全トリガーパック方式)を取り入れたAR-15である ((Johnson, Steve (2016/05/24) “The Original DROP-IN AR-15 Trigger. First Ever Photos of T86 Rifle Trigger Published Online” The Firearm Blog))。すなわち、第205兵工廠が開発したライフルは、今ではAR-15の歴史を語る上で欠かせない存在になっているのである。また、他国軍に先駆けてピストン式AR-15を採用した台湾軍には、先見の明があったと言えるだろう。本稿では米軍SOFのモジュラーライフル(FN SCAR)を主として取り上げたが、将来は、台湾軍のモジュラーライフルに着目して論じることもできるかもしれない。
英軍におけるサービスライフルの「進化」
上の写真は、2016年9月に英国のミルブルック性能試験場で開催された国防車両展覧会(DVD)にて、ライフルを構える英陸軍落下傘連隊第2大隊の隊員を写したものである。今回初公開されたこのライフルは、驚くべきことに、L85A3ライフルの試作品であると報じられている ((“SA80 Equipped to Fight” (2016/09/11) Think Defence))。この不思議なL85A3ライフルについて、これから説明していこう。
まず、L85A3はL85A2が「進化」したものとして英軍の次期主力小銃になる可能性が高いが、それを英軍の「新小銃」と呼ぶことには語弊があると思われる。なぜなら、SA80の生産は1994年に終了しているからである。つまり、L85A3は既存のL85A2に改修を施したものであり、新規に生産されるものではないということである。では、誰がどのようにL85A2の改修を行うのだろうか。2016年8月に発表された公告によると、英国防省は、2017年3月までに5,000挺のL85A2を改修する契約(予定契約額270万ポンド)を、独ヘッケラー&コッホ(HK)社の英国支社と結ぶ意向である ((“SA80 Equipped to Fight Improvement Programme” [Voluntary ex ante transparency notice] (2016/08/26) Tenders Electronic Daily))。HK社はかつてL85A1をL85A2に改修する契約も受注した企業であるため、今回再び指名されたことは合理的である。これまでSA80は2025年を目処に退役するものとされてきたが、英軍は、SA80に更なる改修を加えることで、その運用期間を延長するつもりなのかもしれない。
L85A3(試作品)の最大の特徴は、モジュール性が向上していることである。特に、新型のハンドガードが装備されている点に注目したい。このハンドガードは上面と下面にピカティニーレールを備えているが、側面はKeyModに似たスロット式インターフェイスになっている。これは「HKey」と呼ばれるHK社の独自規格であり、残念ながらKeyModとの互換性はない ((GermanGunWorks (2015) “Keymod versus HKey… things you need to know about those systems!” [Online forum message] HKPro.com))。英国防省は2007年にSA80用レールシステムの調達を公告し、翌2008年に契約を獲得した米ダニエル・ディフェンス社は同年からクアッドレールの納入を開始している ((Poole, Eric R. (2016) ‘Coming Full Circle’, “Book of the AR-15: Daniel Defense Edition” Intermedia Outdoors, pp.14-15))。しかしL85A3では、照星基部を撤去することでハンドガードの上面レールを延長し、更に、ハンドガードの固定方法を見直すことでバレルのフリーフローティング性を向上させている ((“New SA80A3 Assault Rifle Revealed At DVD ’16” (2016/09/07) Combat & Survival))。また、レシーバー上面にはハンドガードと面一になるようにピカティニーレールが装備されているため、クリップオン式暗視装置を使用することができるようになった。
SA80と聞けば、その信頼性上の問題を想起する人も多いだろう。SA80の名誉を挽回するための余裕は本稿にはないが、SA80不信論の原点については紹介しておきたい。英陸軍の歩兵試験開発部隊(ITDU)は、湾岸戦争に従軍した部隊に対して行われた取材に基づいて、「兵士たちが自らの小銃を信頼していなかったことは実に明らかである」などと記し、SA80の欠点を痛烈に突いた報告書を1991年3月に発表した ((Watters, Daniel E. (1998-2009) “A 5.56 X 45mm “Timeline”” The Gun Zone)) ((Flying Scotsman (2013) “The Story of the SA80 assault rifle – and a reflection on British military procurement disaster” TheFlyingScotsman))。新小銃であるL85A1の配備から十年も経たないうちのことであった。炎上のきっかけは、1992年8月に、その報告書がデイリー・テレグラフ紙に流出してしまったことである ((Flying Scotsman (2013) “The Story of the SA80 assault rifle – and a reflection on British military procurement disaster” TheFlyingScotsman))。更に、この事件に対する英国防省の対応が、火に油を注いでしまった。英国防省は当初、流出した報告書は「偽物」であるとして一蹴したが、その後「非公式」と表現を改め、更に「準公式」になり、遂には「非科学的で信用に値しない」と返答が二転三転したのである ((Watters, Daniel E. (1998-2009) “A 5.56 X 45mm “Timeline”” The Gun Zone))。
追及と批判を受けた英国防省はL85A1の改修を早急に計画し、最終的には、当時ブリティッシュ・エアロスペース社の子会社だったHK社が約20万挺のSA80を改修することになり(契約額9,200万ポンド)、L85A2は2001年10月に公式発表され、2002年3月より配備が開始された ((Flying Scotsman (2013) “The Story of the SA80 assault rifle – and a reflection on British military procurement disaster” TheFlyingScotsman))。
この件に関する興味深い逸話がもう一つある。L85A1を自国で改修することに行き詰まった英国防省は、約30万挺に及ぶ全てのSA80を、コルト社のM16系ライフルで刷新することも検討していたのである ((White, Andrew (2007) “In the line of fire: close-quarter combat fighters call for improved small arms” AR15.com))。もちろん、HK社がL85A1の改修を請け負ったことによって、その計画は破棄されることになった。一方、日本の防衛庁もかつて、64式小銃に次ぐ新小銃としてM16ライフルの配備を検討したことがあったが、いくつかの理由により、結局その採用は放棄されている ((小川孝一・編集部 (1984) 「64式小銃のすべて Part 2: 操作・機構・新小銃」, 『Gun』1984年11月号, 国際出版, pp.57-59))。(防衛庁のM16配備計画については前々回の記事で紹介している。)やはり、日本と英国の小銃に関する思想には、共通点が多いのかもしれない。
フランス軍は、1978年から活躍している国産主力小銃FAMASの後継者として、HK416を採用したということが2016年8月末に報じられた ((Fitch, Nathaniel (2016/08/30) “The Next French Infantry Rifle Is German – Heckler & Koch Reportedly WINS French AIF Rifle Competition” The Firearm Blog))。2016年9月現在も未だ公式発表はなされていないものの、複数の仏国メディアがその決定を報じている ((Fitch, Nathaniel (2016/09/14) “Heckler & Koch CONFIRMED Winner of French AIF Rifle Contract; FN to Appeal French Decision” The Firearm Blog))。ちなみに、最終選考でHK416と競い合って敗退したのはFN SCAR-Lであった ((Fitch, Nathaniel (2016/07/18) “France Downselects FAMAS Rifle Replacement to Bids from Belgium, Germany” The Firearm Blog))。また、ニュージーランド国防軍は、1988年から運用している主力小銃ステアーAUGの後継者として、LMT CQB16を選定したということが2015年8月に報じられた ((Fitch, Nathaniel (2015/08/18) “New Zealand Army Selects LMT To Replace Steyr AUG” The Firearm Blog)) ((Vining, Miles (2015/08/28) “Confirmed, LMT to supply NZDF with CQB16” The Firearm Blog))。2015年12月には、LMT社の「MARS-L」を新たな主力小銃として採用することが正式に発表されている ((Wilk, Remigiusz (2015/12/10) “New Zealand adopts MARS-L as new service rifle” IHS Jane’s 360))。
このように、ブルパップ式ライフルを廃止する国々が現れる中で、新たなブルパップ式ライフルであるL85A3を発表した英軍には、SA80に対する強い自信と誇りが感じられる。しかし今では、英軍特殊部隊(UKSF)だけではなく、英陸軍王立憲兵 ((Johnson, Steve (2013/12/10) “British Army L119 (C8 CQB)” The Firearm Blog))や英海兵隊の一部 ((Ripley, Tim (2016/03/04) “UK Royal Marine unit ditches the SA80 for Colt C8” IHS Jane’s 360))もL119A1カービン(コルトカナダ社のC8 SFW/CQB)を使用していて、今後新たにL119A1を採用する部隊が現れることも考えられるため、L85A3はL119A1と競合することになるだろう。
あとがき
大学生活最後の夏休みのほとんどを、本稿の執筆に費やしてしまった。この労力を卒業論文に割いた方がよかったかもしれないと、少しだけ後悔している。なぜ少しだけなのかというと、今は本稿を書き上げた達成感の方が大きく感じられるからである。私には、大学の長期休暇を活用しなければ、ここまで長く緻密な文章を書くことができなかっただろう。ならば卒業論文はどうするつもりなのかと問われそうであるが、今後は「より速く正確に書く」ことを目標として、執筆に取り組んでいきたいと思う。
校閲を兼ねてここまで本稿を読み直してきたが、予想に反して、それほど長くは感じなかった。ただし画面をスクロールする指が痛くなってしまった。本稿の執筆中に届いた新情報(当初は予定していなかった内容)も合わせて盛り込んだり、私が調査を行う中で「これ面白いな」と思った情報(余談)を書き足したりしたことが、文量増加の大きな原因だと思う。一章ずつ小分けにして発表する方が、読みやすくてよかったかもしれない。
半年前までは「尾筒」の意味も知らなかった私が、よくぞここまで国産小銃と向き合えるようになったと、自分でも驚いている。今回、国産小銃の研究に取り組んでよかったと改めて思う。何より、我が国の防衛を根幹から支える主力小銃について知見を広げることは、日本の防衛技術に誇りをもつことに繋がると考えられる。このブログの紹介にもある通り、私が最も関心を寄せているのは米国のAR-15やM4カービンなどであるが、今回の研究で得た知識は、そのような国産小銃以外の分野にも活かすことができるだろう。むしろ、積極的に機会を見つけて活かしていきたいと思う。
今後再び国産小銃に関して長い記事を書くのは、自衛隊の次期主力小銃が発表された後のことになるかもしれない。次期主力小銃の発表がいつになるかはまだ分からないが、もしその時が来たら、私は本稿を読み直したいと思う。本稿は、次期主力小銃に関する私の予想を述べるということよりも、むしろ海外の小銃事情と関連させながら国産小銃について述べることで、読者の皆さんに「なるほどそういうこともあるのか」と思っていただけることを目的としている。実際にそう思っていただけたのなら本望である。
文字数が4万字を超えたので、そろそろ切り上げよう。ここまで読んでくださった方々には、大きな感謝の意を表したい。お疲れ様でした。